MadMoon〜月は私を狂わせる〜

第5話

 

 真冬の空に浮かぶ満月は、今日もミシェルを見下ろしている。何度見ても自分が嘲笑われているようだ。
眠る前に窓際に立ったミシェルは、その月を見上げ、眉を寄せた。
 小さい時から、月を見上げる度に誰かに見下ろされているような感じを覚えていたからだ。それが何なのか、ミシェルにはわからない。ただ、その日のことは今でもハッキリと覚えている。
『ミシェル。あなたの本当のお父さんはね、吸血鬼なの』
 母は、椅子に座って足を組みながらそう呟いた。そのお腹はとても大きくて、右手で優しくさすっていた。
 まだ四歳だったミシェルには、母が何を言っているのかよくわからなかった。母の足元で正座をし、その顔色を窺っているだけだった。
ただ、その頃から外に出ると、自分の姿を見られただけで街の人達に罵られたり石を投げられたりはしていたので、私は他の人とは違うのか? とは幼心ながら思っていた。
 でも、母にその真実を打ち明けられても、まだ小さかったミシェルには事実を受け入れられる余裕がなかった。
 母は半年前に義父と再婚したばかりであった。ケビンがお腹の中にできたのだ。しかし、母はミシェルのことを相手の男には打ち明けていなかったのだ。だから、懐妊と共に吸血鬼の子供を紹介された男にとってはたまったものではないだろう。今のミシェルにはその時の義父の気持ちが痛いほどよくわかる。それから一月ほど母と義父は揉めたが、何とか結婚をし、みんなで一緒に住むようになったのだ。
 そして、いつケビンが生まれてもおかしくないとなった時期に、母はそんなことを打ち明けたのだ。ミシェルも、吸血鬼のことは知っていた。この世に蔓延る悪だ、というくらいの認識だが。
 だから、自分がその吸血鬼の血を引いていると知った時、ミシェルは全ての疑問点に終止符を打つことができた。街の人達が石を投げてくる理由。母が自分を嫌う理由。義父がいつも暴力を振るってくる理由……
 すべての謎が解けたのと同時に、涙が溢れてきた。大きな目から涙が溢れて止まらなかった。
街の人達に石を投げられた時よりも、義父に暴力を振るわれた時よりも、ずっとずっと胸が痛んだ。
その日ミシェルは、今を含める二十五年の人生の中でも一番多く涙を流したと、今でも思う。 自分が吸血鬼だから嫌われるのだ。自分が吸血鬼じゃなかったら、みんなから嫌われずに済んだのだ。
……だから自分は、絶対に人に迷惑をかけない、と。
この頃からミシェルは血を飲みたいという衝動に駆られ始めていたが、この時に誓ったのだ。
誰の血も、飲んだりはしないと。
 なぜか、そんな昔のことを思い出してしまう。
そう、あの時からなのだ。本当の父の姿を聞かされた時。
月のように美しい姿をしていたという父。だからミシェルは月を見上げるのが嫌いだった。父に、見下ろされているような気がして……自分が、自分でなくなってしまうような気がして……
 今日もそんな感情に捕われながら、ミシェルは無言でカーテンを閉めた。
 しかし、この時に目を一瞬だけ伏せてしまったことを、ミシェルは一生後悔することになる。
 雪の降る星空。夜道を照らす眩しい月をバックに、一つの長い影がすっと空を横切ったのだ。
 弧を描くように軽やかに、そして優雅に夜空を跳躍する影。金色の尾を引きながら空を舞うその影を見た者は、あまりにも神秘的なその姿に心を奪われたと言う。
 影は空を舞い、そのままゆっくりと羽根が降るかのように音もなく地面に降り立った。少し遅れて、後ろで一つに結っている長い髪が、金色の軌跡を残しながら静かに舞い降りる。
うっすらと積もった雪の大地に残る足跡を見るまで、その人影が人間であるということなど、誰も信じることはできないであろう。
黒いコートを羽織っているためわかりずらいが、すらりとした背丈や雪のように白い肌、長い睫をそっと伏せていて、女とも間違われそうな美しい瞳をちらりと覗かせていた。
それよりも何よりも印象的な、腰ほどまである長い金の髪。
それは正に、神の芸術品。女でさえも羨むほどの美しい容姿を持つその男は、どう見ても人間が持つことができないような輝かしい光を放っていたのだ。
 誰もいない小道で男は、ゆっくりと瞳を開いた。まるで、長年の眠りから目覚めたかのように。
 瞳を開いた男の姿を見た者がいるとしたら、その者は今の光景をなんと言うだろう。月と空から降ってくる雪を背に、金色の髪をなびかせながらゆっくりと歩き出したその月からの使者……
 男の瞳もまた、月のような金色だった……


 次の朝ミシェルは、一ヶ月ぶりにベッドの下に備え付けられている引き出しを開けた。数少ない普段着は部屋のタンスに入れてあるのだが、この服だけはここにしまっておいている。
ここの服は、仕事のときにしか着ない服だから。
 そこにあるのは、赤茶色のスーツ。ミシェルは真顔のまま背広を取り出した。ケビンが着ている物と似た物をわざわざ作ってもらったのだ。
 奥の方にしまってある薄い赤のブラウスを着、黄色のネクタイを締め、ミシェルはその上からスーツを着込んだ。
 そう、これは仕事着なのだ。これを着ている時は、私はケビンの……『狩人』のパートナーになる。弟のために、力を使うことを惜しまない。
居間にある鏡の前で身なりを整え、ミシェルはパンッと顔を叩いた。それだけで気が引き締まったような気がする。
「さ、行こうか。ディトールへ」
 ニコリと笑って、ミシェルは後ろに立っている弟の方に振り向く。壁にもたれかかって手を組んでいたケビンも、いつになく真剣な顔をして大きく頷いた。


 ディトールへ行くには、歩いて一〇時間ほどかかるので、馬車を使って行くことになった。しかし、吸血鬼が蔓延んでいる街へ好んで行く者などいない。
仕方なく、ケビンは馬車だけを借りて自分で運転をすることにした。後ろに付けられた小さな荷台に、ミシェルとエマは座り込んでいる。
 やはり寒さは苦手なので、ミシェルは仕事着の上からいつものコートを羽織っていた。目には黄色いサングラスが掛けられている。赤い目を隠すためだ。
エマも昨日と同じ普通の街娘のような服を着ている。この二人と、スーツを着ているケビンの姿を見たら、パッと見は『親に身売りをされてしまった少女達と、その少女を運んでいる極悪人』という図柄にしか見えなかった。
そんなことをふと考え、ミシェルは笑いを噛み殺す。
 日はすでに高く昇っている。シェスタを出て二時間というところであろうか。まだまだ道のりは長い。ケビンは手綱を引きながら太陽を見上げ、目を細めた。
 仕事で街を出るのは久しぶりだった。
元々街の外から来る個人的な仕事の依頼は滅多にないから、いつも街中やその周辺に現れる吸血鬼を獲物にして生活をしていたので、こうやって馬車を動かすのも何ヶ月かぶりだった。
 特にミシェルは仕事の時とケビンを迎えに行くとき以外は好んで家から出ることはないので、今回みたいに遠出をするのは珍しいことだった。
サングラスも、どこにしまっておいたか忘れてしまったので、探すのに三十分ほどかかってしまった。おかげで部屋を散らかしたまま部屋を出てしまったので、仕事を終えて家に戻ったら、まずは部屋の掃除から始めないといけなくなってしまった。
ついでにケビンの部屋も掃除してしまおう。ミシェルに部屋を覗かれるのを嫌うケビンであったが、買い物に行かせた時にでもやってしまおう。あ、そうだ。ちょうどいいからその時に新しいテーブルクロスを買ってもらってきて……
 ミシェルは馬車に揺られながらぼうっとそんなことを考えていた。あぁそうだ。そろそろカーテンも取り替えたい。そう思った直後だった。背筋に、悪寒が走る。そして、
 ゴドン!
 突然、大きく揺れて馬車がその場に停止した。ミシェルとエマは体勢を崩して思わず馬車から転落してしまいそうになる。
「ちょっと! 突然止まらないでよ!」
 エマが頭を押さえながら座りなおす。どうやら頭を打ってしまったらしい。
「あぁ……悪い……だが……」
 ケビンは上空を見上げていた。釣られてミシェルとエマもその視線の先を追う。
「!」
 そして、その姿勢のまま凍りついてしまう。
「吸血鬼!」
 叫んだのはエマだった。
 眩しい太陽の光を背に浴びながら、真っ黒な翼を背に生やした吸血鬼が一匹、ミシェル達の馬車を目掛けて急降下をしてきていたのだ。
「逃げろ!」
 ケビンの叫びと共に、三人は一斉に馬車から飛び降りる。その直後に、吸血鬼はミシェル達が乗っていた荷台に突進した。
 ドォン! と大きな音を立てながら土煙と木の破片が辺りを舞う。ヒヒィンと馬が嘶いて、元来た道を走り去ってしまう。
馬を追いかける暇もなく、ミシェル達は各々違う方向に飛び去り、すぐに体を起こして戦闘体勢に入った。
「シャー!」
 土煙の中から、吸血鬼が喉の奥から叫び声をあげながら姿を現す。
 短い黒髪を持ち、コウモリのような翼を生やした典型的な吸血鬼の体の持ち主だった。鋭い犬歯を剥き出しにし、真っ直ぐにケビンの首筋目掛けて飛び掛ってくる。
「!」
「ケビン!」
 ミシェルは叫んだ。
 ケビンは腰に下げていた長剣を盾に、吸血鬼の攻撃を防いだ。ガチィン! という大きな金属音と共に、吸血鬼の口はケビンの剣に噛み付く。
それでも食いついてこようとする吸血鬼に向かって、ケビンはそのまま思い切り剣を振り降ろした。吸血鬼の体は大きく跳ね飛ばされる。
「どうして!? 吸血鬼は太陽の光に弱いんじゃないの!?」
 遠くの方で、エマが顔面を蒼白させながら叫ぶ。まだ何が起こったか把握できていないような表情だった。そんなエマをケビンは横目で睨みつける。
「そうじゃない吸血鬼もいるってことだよ!」
 ケビンの一喝を聞き、エマは体をビクリとさせる。
(……ダメだな……こいつは戦いに慣れてない……!)
 肩で息をしながら、ケビンはすぐに先ほど撥ね退けた吸血鬼の方に視線を向けた。もう一度剣を構えなおし、次の攻撃に備えた。
ケビンに弾き飛ばされた吸血鬼は、そのまま地面に大きく何度もボールのようにバウンドし、体を引きずらせながら停止する。だが、すぐに大地を蹴って空高く跳躍した。急降下する真下にいるのは――エマ!
「姉さん!」
 ケビンはありったけの声で叫んだ。
今は自分より、ミシェルの方がエマに近い位置にいる。
ミシェルはケビンに叫ばれる前からその事を理解していたのか、瞬時に大地を蹴り、エマの前に立ちはだかった。
 その小さい体からは想像もできない俊敏さに、エマも吸血鬼も目を丸くした。そして、その瞬間に隙が生まれた。
 ミシェルは素早くコートを脱ぎ捨て、スーツの中に手を入れる。そして、一気にスーツから抜いたその手に握られているのは、銀色の光を放つ拳銃。
「ごめんねっ!」
 ミシェルは構えるのと同時に素早く銃を撃った。
 一発、二発、三発。
 ドン! ドン! ドン! という音と共に、吸血鬼の体から真っ赤な血がバッと吹き出してくる。吸血鬼は断末魔の叫び声をあげながらそのまま地面に真っ逆さまに墜落して行った。
ケビンは、ベチャ、という嫌な音と共に墜落をした吸血鬼の横に立つ。わずかに目を閉じて、短い祈りを捧げたあと、白目をむいたままピクピクと痙攣している吸血鬼の首に剣を押し当て、一気に地面に向けて降ろした。その光景から、エマは思わず目を背けてしまう。
「……弱い奴で助かったな……」
 ケビンは顔に掛かってしまった返り血を拭いながら立ち上がる。そして、ミシェルとエマの方に振り向く。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
 ミシェルは自分に掛かってしまった血をハンカチで拭う。
エマはまだしっかりと目を瞑ったまま小刻みに震えていた。そんなエマの姿を見てケビンは大きく溜め息を吐く。
「……狩人になって日が浅いのはわかる。だが、そんな調子じゃいつまで経っても吸血鬼は殺せないぞ」
 ポケットから出した白い布で剣に付いた血も拭う。きれいに拭い終わったあと、元の鞘に戻した。
「そうだよエマ。怖いのはわかるけど、やらなきゃこっちがやられちゃうんだよ? 自分の命には代えられないでしょう?」
 ミシェルもエマの方に振り向いて彼女の肩に優しく手を置いてやった。
だが、エマはその手を思い切り払いのけてしまう。ミシェルはびっくりしてエマの顔を見た。紙のように真っ白なその顔に浮かんでいるのは……恐怖。
「……どうして……そんな平気な顔をして殺せるのよ……」
 その声は震えていた。
ミシェルの手を払いのけた手をゆっくりと下ろし、エマはその手を震わせながら胸元に持っていった。目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。
エマは胸元の手を握り締め、キッとミシェルを睨み付けた。
「どうしてあなたは同族を殺せるのよ! 同じ吸血鬼なんでしょう!? よく平気で殺せるわね!
 あなたはそんな顔をして人間も殺せるの? 今の吸血鬼のように人間を殺せるの!? 自分の体に半分血が流れている人間を殺せるっていうの!?」
『同族殺し』
 ミシェルは、街の人達にそう呼ばれている自分を思い出した。……そう、あれも吸血鬼に襲われた街の人を助けた時だった。
ケビンと共に吸血鬼を殺した後、その人はこう言ったのだ。同族を平気な顔をして殺せる女だ、と。
その日からだ。ミシェルがそう呼ばれるようになったのは。
 半分は吸血鬼で半分は人間であるミシェル。その半分である吸血鬼を平気で殺せるミシェルには、半分血が流れている人間も平気で殺せてしまうのではないか? そう、囁かれ始めたのだ。
 平気なわけがない。ミシェルは胸中でそう思った。平気なわけがないじゃない。自分に言い聞かせるよう、そう繰り返す。
 でも、こうしていないと自分の存在意義を見出せないのだ。人間世界に生きることを望んでいるのに人間からは冷たく見放されている。
ではどうしたらいいのだ? 自分がこの世界に受け入れられるために、自分はどうしたらいいのだ?
 ミシェルはずっと悩んでいた。そして、出した答えがこれだったのだ。本当は、ケビンは狩人になることなど望んでいなかった。自分が無理をして狩人になってくれるように頼んだのだ。
最初は二人で狩人になろうと言っていたのに、ミシェルだけが吸血鬼とのハーフだからという理由だけで断られた。
その時に、ケビンも一度自分は狩人にはならないと言ったのに、ミシェルがケビンに狩人になってほしいと、無理を承知の上で頼んだのだ。
 姉には甘いケビンは、その要求を仕方なしに受け入れ、狩人になった。そして、ミシェルはその補佐として活躍するようになったのだ。
周りからはミシェルの力を借りてケビンは今の地位まで登りつめたと言われているが、実際はそんなことはなかった。
ミシェルは吸血鬼の血が流れているとは言っても、普段の力は普通の人間と大差はない。父の虐待から姉を守ろうと、小さい頃、自分から進んで剣の稽古を受けていたケビンのほうが何倍も強かった。
確かに動体視力や五感は吸血鬼であるミシェルの方が優れていたが、力がないため、あまりその力が戦闘に活かされることは少ない。だから、銃のような飛び道具を武器にしているのだ。
 だが、ミシェルの本当の力を発揮すれば、今のような吸血鬼は一撃にして粉砕されてしまう。
ミシェルも、それを武器に戦おうと最初は決めていた。が、今度はケビンがそれを強く拒んだ。
一度しか見たことがないが、あまりにも人間離れしてしまっているその能力を、姉が好いていないのを知っていたから。姉に、自分のために無理をしてほしいとは、ケビンは微塵も思っていない。
自分は狩人になる。姉は自分のサポートをしてくれても構わない。だが、あの力だけは使わないでくれ。
これが、ミシェルとケビンが交わした約束だった。
 エマはなおもミシェルを睨み付けていた。ミシェルは堪らず視線を逸らしてしまう。
 この目が、どうしても苦手だった。
 お前は人間なのか? それとも吸血鬼なのか? そう問うような、その瞳。唇を噛み締め、ミシェルは体をわななかせた。
逃げられない。そう思った時だった。
 パァン!
 大きな音が、その場にこだまする。ミシェルは驚いて顔を上げた。
 そこには、ケビンがいた。ミシェルとエマの間に立ち、エマの左頬に平手打ちをしている。エマは体をよろめかせるが、なんとか体勢を立て直し、転ばずには済んだ。
が、赤くなってしまった頬を押さえながらキッとケビンを睨み付ける。だが、その上から更にケビンは怒声を浴びせた。
「お前達は姉さんに何を望んでいるんだ!」
「ケビン!」
「姉さんは黙って!」
 ケビンはエマを睨み付けたままの表情でミシェルの方を向く。
 その今にも泣き出してしまいそうな、それでも腹の底から怒りを発しているとわかるケビンを見て、思わず身じろぎしてしまう。いつも弱気な態度を見せない弟だけに、動揺が隠せなかった。
「姉さんのことを何も知らないくせに……知ったような口を聞くな!」
「…………」
 エマは無言だった。ぶたれた左頬を押さえながらずっと下を向いていた。
「姉さんがどんな気持ちで吸血鬼を殺しているのか……お前にわかるのか!?」
 いつも、ミシェルは苦しんでいた。仕事で吸血鬼を殺す度に姉が心を痛めているのが、ケビンにはすぐわかっていた。ただ、姉は不器用な性格だからそれを表に出せないでいる。人に甘えることを知らないので、いつも苦しみを自分一人の心の奥底に閉じ込めているのだ。
「ごめん……なさい……」
 エマは頬をさすりながら小さく呟いた。
「ごめんなさい……吸血鬼が殺されるのを見るの……初めて……だったから……」
 つい直情的になってしまった自分を、エマは恥じた。ミシェルがそんな人ではないということは、昨日一晩一緒にいてわかったはずなのに……
「……でも……でも、怖かったの…何の躊躇いもなく銃を撃てたミシェルも、剣を振れたケビンも……」
 それはエマの本心だった。狩人は、ああも簡単に人を傷つけられるものなのか? 吸血鬼は、本性は化物とはいえ、外見は人間と同じものだ。それなのに躊躇うことはないのだろうか……?
 そんなエマの心境を察したかのように、ミシェルが口を開く。
「……そりゃあ、最初は私達も躊躇ったよ」
 いつになく、弱気な口調。エマは静かに顔を上げ、ミシェルを見た。
憂いを帯びているが、真っ直ぐにエマを見据えている瞳。その瞳に、迷いの色は見当たらなかった。
「でも、私は人間が好きだから」
 はっきりとした口調。エマはミシェルから視線をそらせないでいた。
「吸血鬼を殺すことに躊躇するのはいいことだと思うよ。……それこそ何のためらいもなく吸血鬼を殺すことができる人は信用ならないもの」
 ミシェルは手に愛用の銃を持ちなおす。仕事の時は、いつもこれに世話になっている。ケビンの剣の師匠から、ケビンが狩人になった時にもらったものだった。
ミシェルを吸血鬼のハーフだからと言って偏見をすることがなかった、とてもいい先生だった。
「だから、いつも吸血鬼を殺す時はちゃんと確かめてほしい。吸血鬼にも、良い吸血鬼と悪い吸血鬼がいるはずだから……」
 言って、ミシェルは腰のホルスターに銃をしまった。
「……うん……そうだね……」
 エマも、頬から手を離して少し苦しそうに笑みを浮かべた。その笑みを見て、ケビンの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。

 

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