MadMoon〜月は私を狂わせる〜

第12話

 

「……じゃあ……元気でね」
 夜が明け、太陽が空高く昇った頃、街の出口でエマは顔を上げた。
 ミシェルとケビンは、すでに街から借りた馬車の中に乗り込んでいる。ミシェルが馬車の荷台から顔を出した。
「うん。エマもお元気で」
 あの後、十数人の吸血鬼の死体が、街の中に降ってきたのだ。
街の人たちは皆、この吸血鬼達が今までの犯人だと思い込み、街から吸血鬼がいなくなったとお祭り騒ぎになっていた。
これも、あの男が用意したものなのだろうか。いつまで私達はあの男の手の中で踊らされなければならないのだろうか……。ミシェルは唇を噛み締めた。
だが、そんなミシェルの肩にケビンが優しく手を置いてくれる。
ミシェルはハッとして弟の顔を見やる。笑顔を浮かべる弟に向かって、ミシェルも顔を和らげた。
そうだ。私にはケビンがいる。あの男も、私とケビンの絆だけは引き裂くことができなかったのだ。これからも、二人でいれば何も恐れることなどないのだ……。
ミシェルは安堵の息を漏らした。だが、ほっとするのも束の間、街の人たちが一斉に姿を現したミシェルとケビンの元に走りよってきたのだ。
街の人間の誰もが、吸血鬼を退治したのはミシェルとケビンだと思い込み、二人は街の人たちに巻き込まれて酒を飲んだり料理をご馳走になったりした。
ケビンが困り果てた顔をしているのを見て、ミシェルがクスリと笑い、
「大丈夫だよ。もう、あの人はこの街には来ないから。……街の人たちに妙な不安を残しちゃ可哀相だから、この吸血鬼達には悪いけど、このまま事件の犯人になっちゃってもらおう」
 そう耳打ちしたので、ケビンは渋々姉の言うことを了承したのだった。
 ……だが、ミシェルはその時忘れてしまっていた。
「ねぇ、ケビン大丈夫?」
 エマは心配そうな顔をしながらミシェルの隣で項垂れているケビンを指差した。ミシェルは額に汗を浮かべる。
「あ〜……。大丈夫。街に着く頃には治ってると思うから……」
 言いながら、ミシェルは顔を真っ赤にしながらうわ言を言っている弟を軽く突付く。そのたびにケビンは起き上がり小法師のように左右に揺れた。
 ケビンはお酒がてんで駄目なのだ。そのことを本人も忘れてしまっていたのか、調子に乗って昨日は瓶で三本も飲んでしまった。おかげで、まだ酔いがさめてない。まぁ、当たり前のことだな、とミシェルは顔を真っ赤にさせている弟を見ながら苦笑した。
 それほどまでに、二人は浮かれていたのだ。お互いの存在価値を確かめ合い、幸せな気分に浸っていたのだ。
誰かにあんなに優しくされたのも本当に久しぶりだった。ミシェルは昨日の宴のことを思い出しながら、ケビンを何度も何度も突付く。
いつもなら酔っ払ったケビンに向かって罵声の一つでも浴びせて冷たい水をぶっかけてやる、くらいのことをしているミシェルだったが、
(今日は許してやるか)
 そう心の中で呟き、おもしろそうにまたケビンを突付き始めた。それを見てエマも思わず吹き出してしまう。
「……ねぇ」
 だが、その笑顔をすぐに沈めてエマは喉の奥に溜めていた言葉を吐き出す。ミシェルはエマの目を見つめる。
「……また、会えるかな?」
「…………」
 ミシェルは黙り込んでしまう。
誰かと少しでも仲良くなるたび、いつも帰り際に言われる言葉。そのたびにミシェルは沈黙を守り、何も言わずにその場を立ち去っていた。
 だが、今日は違う。
「……うん。またね」
 笑顔で、そう答える。
途端にエマの顔にもいつもの太陽みたいな笑顔が浮かぶ。あぁ、この子には青空が本当に似合う。その時ミシェルは心からそう思った。
「……うん! 絶対遊びに行くから!」
 ミシェルとエマは互いに手を振り合い、別れを交わした。
ゴトゴトと馬車に揺られながら、ミシェルはケビンの隣に座り、あの街で起こったことをふと思い返していた。
 あの男は、いずれまた私の元に現れるだろう。
その時に私は、今以上に強くなれているだろうか……。あの男に、屈しなくて済むだろうか……
 不安だけが、胸を過ぎる。ミシェルは唇を噛み、手と手を合わせて握り締めた。
 と、そんなミシェルの手に一回り大きな手が重なった。ケビンだ。ミシェルは驚いてケビンの顔を見る。
未だ顔を真っ赤にして夢見心地な弟の目が、うっすらと開かれる。ケビンはとろんとした目でミシェルを足の先から頭のてっぺんまで舐めるように見回した。そして、口元に笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
 ミシェルは笑顔で聞いてみる。酔っている弟は、赤ん坊と同じようなものなのだ。だが、ケビンはしっかりとした口調でこう言った。
「……姉さん、背が伸びたよ……」
 一瞬、弟が何を言っているのかわからなかった。
だが、自分の手に重ねた弟の手が頭に置かれ、それが優しく何度も左右に動かされる。ミシェルは自分が撫でられているのだと気づいた。
「だって、目線が高くなってる」
 そう言って目を細めた弟の顔を見て、ミシェルはハッとした。
 ……成長、している……?
 ケビンが手を下ろしたので、今度は自分で両手を頭の上に乗せてみた。こんなことで自分の身長がわかるはずはないと理解できているのに、こうせずにはいられなかった。
……そう言われてみれば……ケビンの顔が前より近くなっているような……
そう思うと、急に目頭が熱くなってきた。体が小刻みに震えている。
……私、成長してるんだ……
止まることなく流れ出てくる涙を、ミシェルは抑えることができなくなってしまう。やがて、声を出して泣き出してしまった。
ケビンは、そんな子供のような姉を優しく抱き寄せた。泣いてもいいのだ。だって、これは嬉し涙なのだから。
「俺、吸血鬼にはならないから」
 何気無く呟かれたその言葉。
「吸血鬼に血を吸われても吸血鬼にならない、最初の人間になるから」
 それは、ケビンが昨日から心に書きとめておいた決意。ミシェルは泣きながら首を縦に振った。くしゃくしゃになった笑顔が狂おしいほど愛しい。
柔らかな木漏れ日が、二人を静かに包み込む。
これからも、共に生きよう……
ケビンはそっと、目を閉じた。

MadMoon〜月は私を狂わせる〜 第1章・完

 

*あとがき*
お付き合いありがとうございました。
この作品は続編を考えてますのでよければこれからもお付き合いくださいませ。

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